少年野球で「俺のおかげ」と言うコーチ|親がモヤる理由と信頼を失う言動

「俺がコーチしてから、このチーム強くなったんだよ」

少年野球のグラウンドで、こんな話が聞こえてきた。

パパコーチとお手伝いママさん、思わず顔を見合わせる。

パパコーチ

……自分で言うんだ(笑)

初心者ママ

……自分で言うんだ(笑)

もちろん、コーチの指導でチームが変わることはあります。

練習のやり方ひとつで雰囲気が良くなったり、声かけひとつで子どもが急に伸びたりする。

そこは間違いありません。

でも、

「俺がコーチしてから強くなった」

そう言われると、なぜか素直に「すごいですね」とはならないんですよね。

なんというか、

……それ、自分で言うんだ。

ってなる。

たぶん、このモヤモヤにはちゃんと理由があります。

ただの自慢話だから嫌なんじゃない。

もう少し別のところで、引っかかってるんです。

ここから、その正体を少しずつ見ていきます。

目次

「俺がコーチしてから強くなった」――こんな指導者、実際にいます

少年野球で「俺のおかげ」と言うコーチに違和感を持つ理由
パパコーチ

いるいる〜。こういう人(笑)
実際、かなりクセの強い人だったけど、どこでも問題を起こす人ほど、こういう話を平気でするんだよね。

初心者ママ

え〜、いるんですね…そういう人(笑)
でも本当に子どものことを考えてる人なら、“俺のおかげ”って自分からは言わなそう。

この前、ベンチの近くでコーチ同士が話してたんですよ。

で、聞くつもりはなかったんだけど、まあ普通に聞こえてくるわけです。

「俺がコーチしてから、このチーム強くなったんだよ」

ほう。

そうなんだ。

……って、自分で言うんかい(笑)

隣にいた助手さんの方を見たら、向こうもこっち見てる。

たぶん同じこと思ってたんでしょうね。

こういうのって、別に「コーチの力なんて関係ない」って話じゃないんです。

実際、指導者が変わってチームの雰囲気が良くなったり、練習が変わって子どもたちが伸びたりすることは普通にあります。

そこはある。

あるんだけど。

「俺が来てから強くなった」
「この子は俺が育てた」
「最近勝ててるのは俺の指導がいいから」

これを本人の口から何回も聞いてると、だんだん「ん?」ってなってくるんですよ。

いや、あなたが頑張ってるのも分かる。

でも、その前に子どもたちじゃない?

毎週練習して、エラーして、三振して、怒られて、それでも次の週また来てるのは子どもたちです。

試合で打ったのも子ども。
守ったのも子ども。

……まあ、ここまで書くと「当たり前だろ」って話なんですけど(笑)

でも不思議なもので、「俺のおかげ」が強くなるほど、その当たり前が話の中から消えていくんですよね。

たぶん僕が引っかかったのは、そこでした。

自慢してるから嫌というより、子どもの話だったはずなのに、いつの間にか自分の武勇伝になってる。

これ、少年野球の現場にいるとたまにあります。

しかも本人は、たぶん悪気ないんですよ。

パパコーチ

そこがまた厄介なんですけどね(笑)

勝った途端に、自分の指導力の話が始まる

これ、わりと分かりやすいんですよね。

試合に勝ったあと、それまで普通にしてたのに急に、

「ほら、あの練習やってたからだよ」

「俺があいつにずっと言ってたことが出たな」

みたいな話が始まる。

勝った途端に、自分の指導力の話が始まる

まあ、実際そういう部分もあるんだと思います。コーチが考えた練習がハマったとか、声かけが子どもに合ってたとか。

そこは別に否定しない。

でも、毎回そこで俺の指導が当たった話になると、ちょっと話が変わってくるんですよね。

親からしたら、その試合だけ見てるわけじゃないですから。

打てなくて悔しがってた日も知ってるし、家で素振りしてたのも知ってる。エラーして落ち込んで、それでもまた練習に行ったのも見てる。

そういう積み重ねがあって、やっと一本出た。

そこで横から、

「俺が教えたからな」

って入ってこられると、

いやいや、全部そこに持っていく?

ってなるわけです(笑)

たぶん本人は、自分の指導が間違ってなかったことを確認したいだけなのかもしれません。

でも、聞いてる側にはそうは見えない。

「子どもが頑張った話」より、「自分の指導が正しかった話」をしたい人に見えてしまう。

ここが、じわじわ信頼を削るところなんですよね。

勝った直後って、いちばん簡単に人柄が出ます。

誰の名前を最初に出すのか。

子どもなのか。

それとも、自分なのか。

意外と親は、そこ見てます。

気づけば「子どもの成長」より「自分の実績」になっている

最初はたぶん、そんなつもりじゃなかったと思うんです。

「この子、前より打てるようになったな」

「守備もだいぶ良くなったな」

そうやって子どもの成長を喜んでいたはずなのに、いつの間にか話の主語が変わってくる。

「俺が教えたから」

「俺がずっと言ってたから」

「俺が見てきたから」

気づけば、子どもが上手くなった話なのに、最後は全部**“自分が育てた話”**になってる。

ここ、けっこう大きいんですよね。

子どもって、コーチ一人の力だけで伸びるわけじゃありません。家で練習したこともあるだろうし、別のコーチの一言がきっかけになったかもしれない。本人なりに考えて、失敗しながらつかんだ感覚だってある。

それなのに、

「俺が育てた」

で全部まとめると、なんというか……

いや、話デカくなってない?(笑)

ってなる。

もちろん、指導がきっかけになった部分はあるでしょう。

でも、そこを自分の実績として回収し始めると、少年野球の見え方が少しずつ変わってくるんです。

子どもが成長したかどうかより、自分の指導が正しかったと証明できたか。

そこが気になり始める。

そうなると、ホームランを打った子は「俺が育てた子」になって、上手くいかなかった子は「まだ本人が分かってない」になる。

……うまいことできてるな(笑)

でも親からすると、そこはかなり見えます。

子どもの成長を喜んでいるのか。

それとも、子どもの成長を使って自分を大きく見せたいのか。

似ているようで、この二つは全然違います。

そして、この違いが一番分かりやすく出るのが――

負けたときです。

勝ったら「俺のおかげ」なら、負けたら誰の責任?

ここ、どうしても気になるんですよね。

勝った日は、

「俺の指導がハマった」
「俺が教えたから勝てた」

じゃあ、負けた日は?

「あそこでエラーしたから」
「今日は全然打てなかった」

……急に子どもの話になる。

勝ったら俺。負けたら子ども。

いや、それはちょっと都合よすぎるでしょ(笑)

勝敗には、子どもの頑張りもあれば、大人の関わり方もある。

だからこそ、勝ったときに前へ出るより、負けたときに大人が何を振り返れるか。

そこに、コーチの本当の姿が出る気がします。

親が「なんかこのコーチ嫌だな」と感じる理由

別に、指導に自信があることが悪いわけじゃないんです。

熱心に練習を考えてくれるコーチもいるし、休日を使って子どもたちを見てくれている。それは親としてありがたい。

なのに、

「俺がコーチしてから強くなった」

この一言を聞くと、なぜか素直に「すごいですね」とはならない。

たぶん親が引っかかっているのは、自慢していることだけじゃないんですよね。

子どもが頑張った話なのに、いつの間にか大人の手柄の話になっている。

そのズレが、なんとなく嫌なんだと思います。

親はコーチの“野球以外”も見ている

そしてもう一つ。

コーチ本人が思っている以上に、親って野球以外のところも見ています。

監督には元気よく挨拶するのに、保護者にはほとんど挨拶しない。

上手い子にはよく話しかけるのに、ベンチの子にはあまり声をかけない。

勝った日はご機嫌なのに、負けた途端に空気が変わる。

こういうのって、一回一回は小さいんです。

「まあ、今日は機嫌悪いのかな」で終わることもある。

でも、それが何度も続くと、

「この人、野球以前にちょっと付き合いづらいな」

になっていく。

どれだけノックが上手くても、どれだけ野球を知っていても、チームは人と人でできています。

挨拶する。感謝を伝える。相手によって態度を変えない。

ものすごく普通のことなんですけどね。

少年野球では、その普通の部分が意外と一番見られていたりします。

本当に信頼されるコーチは何が違う?

ここまで読んでくると、「じゃあ結局、信頼されるコーチって何が違うの?」って話になります。

僕が見てきた中では、すごく派手なことをする人じゃないんですよね。

むしろ逆で、自分が前に出なくても平気な人です。

勝ったら子どもを前に出す

試合に勝ったあと、

「今日はあいつがよく打ったな」

「守備でよく粘った」

「みんな最後まで声出してたよな」

こういう話をするコーチは、聞いていて気持ちがいい。

自分が何を教えたかより、子どもたちが何をやったかを先に話すんです。

もちろん、その裏では練習を考えて、声をかけて、いろいろ準備している。

でも、それをわざわざ自分の手柄にしない。

勝ったときほど、一歩引ける。

そこに、その人の余裕というか、器みたいなものが出る気がします。

手柄は子どもへ。責任は大人へ。

僕は、この感覚がすごく大事だと思っています。

うまくいったら、

「子どもたち、よくやった」

うまくいかなかったら、

「大人側に改善できることはなかったかな」

これでいいんじゃないですかね。

もちろん、全部をコーチが背負えって話ではありません。

でも、勝ったときだけ前に出て、負けたときだけ子どものミスを並べるより、ずっと信頼できる。

手柄は子どもへ。責任は大人へ。

言葉にすると単純です。

でも、実際にこれを続けられる人って、意外と少ない。

だからこそ、そういうコーチの周りには人が残るんだと思います。

まとめ|少年野球の主役は誰なのか

「俺がコーチしてから強くなった」

たった一言なんですけど、そこにはその人の考え方がけっこう出る気がします。

勝ったときに自分を前に出すのか、それとも子どもたちを前に出すのか。負けたときに誰かのせいにするのか、それとも大人側で振り返れるのか。

親は、意外とそういうところを見ています。

指導がうまい。野球をよく知っている。もちろん大事です。

でも、それだけじゃ長く信頼されないんですよね。

パパコーチ

手柄は子どもへ。責任は大人へ。
少年野球の主役はコーチじゃない。
やっぱり、子どもたちです。

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